気が付いたら女の子の方から寄ってくるようになった……。というと本当に嫌味に聞こえるかもしれないけれど、実際の感覚として「気が付いたら」以外に表す言葉が見つからないのが事実なのだ。
こうしている今もインスタには女子からのDMが常に数十件は来ている。会ったこともないのに向こうから会いたがるメッセージの数々。どうして僕がこうなったのか、少し振り返ってみる。
僕の実家は下町のラーメン屋。最近主流の家系や二郎系といったこってりラーメンではなく、主力商品はあっさりとした昔ながらの醤油ラーメン。商店街の一角にある実家兼店舗は、わざわざ地方からラーメン愛好家が足を運びに来るわけでも、行列が出来るわけでもない。お昼時に近所の家族や大学生がちらほら来る程度のアットホームな店だ。
両親は夜8時まで働いていたので、必然的に僕の毎日の夕飯は店で出されるラーメンだった。大人の賄飯を小学生の頃から毎日食べていたらどうなるか? 答えは簡単。小学校卒業時は90kgも体重があった。当時はそのことで悩むことは一切なかった。友達の家族が実家のラーメン屋に夕飯を食べに来てくれることもあったし、店のカウンターで宿題をしていると、常連さんからお小遣いを貰うこともあった。店も、僕自身も地元に愛されている自負があった。
そんな僕も中学に上がると転機が訪れる。記念にと受験してみた私立中学に受かってしまったのだ。完全に浮かれきっている両親に「地元の中学に行きたい」とは言えず、何故か電車で30分かかる特に偏差値も高くない私立中高一貫校に通うこととなった。
当然、中学にはこれまでの友達もいないし、地元でいかに実家のラーメン屋が愛されているかなど誰も知る由もない。これまでの背景を何も知らない人たちにとって、90kgの12歳は“ただのデブ”でしかなかった。入学早々、僕のあだ名は陸人ではなく、「デブト」になった。
「デブト」の救いは、その残酷なあだ名とは裏腹に友達には好かれていたことだ。いじめられることもなく、女子に疎まれることもなかった。自分で言うのもおかしいが、“愛されるデブ”であったと思う。「デブト」というあだ名が付きながらも自分は
「もしかしてイケてるんじゃないか……?」と調子に乗ってしまった僕は、痛い目を見ることになる。
あろうことかクラスで一番の美女に告白をしてしまった。当然、撃沈。彼女は優しい顔で「陸人くんとは良い友達でいたいから」と言ってくれた。が、しかしだ。聞いてしまったのだ。
「マジキモいよね。身の程知らずのデブwwww」というセリフを。
確かに女子トイレの前を通った時に聞こえた。こっそり男子トイレに逃げ込み、声の主がトイレから出てくるところを確認した。出てきたのは、僕が告白した美女だった。
それからの中学生活は人間不信の日々だった。男友達だって本当は僕の事キモいと思ってるのではないか? 気付いてないだけで嫌われてるのではないか? 愛されるデブから、卑屈でみじめなデブへと転落した。自然と食欲も落ち、体重が80kg台になった時、僕は決意した。
「痩せて見返そう」
そこからの日々はひたすら食事制限だ。ラーメンを辞めた。お菓子を辞めた。サラダを食べた。1年ほどかけて高校入学時には70kgまで体重が落ちていた。(1)
少しぽっちゃりというだけで、もうキモくないはず。ただ中高一貫校の悲しいところは、いくら高校デビューをしても中学時代を知られているということだ。一度地に落ちた評価からの一発逆転は狙えない。痩せたからと言って彼女がいきなり出来るわけでも、あの美女が振り向いてくれるわけでもなかった。けど、僕は痩せられたことに満足していたし、今度はまたデブに戻ってしまうのではないか、という恐怖が僕を支配した。
そこで始めたのが“レコーディングダイエット”。
食べたものを記録していくだけのダイエット法だ。ノートやダイエットアプリに記録していくのが一般的だが、デブだった頃を無かったことにしたい僕は、ダイエットアプリをスマホに入れることすら躊躇した。もし過去を知らない女の子と出会ってこのアプリを見られたら、デブがバレてキモイと思われないか……? 過去の心の傷は根深く、今度の僕は自意識過剰なぽっちゃりに進化していた。(2)
そんな僕が見出したレコーディングダイエットが、“インスタレコーディングダイエット”だ。インスタに食べたものを全てアップするのはもちろん、ダイエットと思われないよう、オシャレも意識したラインナップにする。当然高校生の僕の食事はほとんどが母親の手料理だった。そのような映えないものはストーリーに、たまに食べる外食は通常投稿にした。これで表向きは“おしゃれな食べ歩きグルメアカウント”となった。(3)
特に顔出しもせず淡々と美味しそうで健康的なグルメを上げるダイエットを続けていた。すると大学に入る頃には体重は60kgまでに減り、インスタのフォロワーも1万人を越えた。もうぽっちゃりでも何でもない、細身のインフルエンサーになった。そうするとインスタの評判を知っている同級生の女の子の方から「美味しいお店教えてよ」とデートに誘われることが増え始めた。
中学時代にへし折られた僕の自己肯定感はインスタグルメアカウントのおかげでだいぶ立て直すことが出来たのだ。もしかして、今ならいけるかも……と思い、よく一緒に夕飯を食べに行く同級生の女の子に告白してみた。すると返事は「ごめん……彼氏いるんだ。それでも良ければ」一瞬「それでも良ければ」の意味が分からなかった。
女の子と付き合ったことが無い僕の辞書には無い概念。どうやら彼女としては「セフレなら良い」という意味だったらしい。彼女のペースに合わせるがまま、その日はそのままホテルに行くことになった。
僕は人に嫌われることが極度に怖いので、基本受け身だ。たとえ本命ではなくても受け入れられた喜びを噛み締め、贅沢は言わない。セフレ関係を甘んじて受け入れた。(4)
彼女とのセフレ生活はだらだらと続いた。僕としても彼氏と別れて欲しいなどと思ったこともなかった。そんな多くを望まない僕に、神は味方したのだった……。
……と、ここで現在に戻る。
彼女とセフレとなってから半年、2人で公に外食が出来なくなった。彼氏にバレたくないから、ということだ。ということでいつもラブホにUBER eats。彼女はいつもタピオカを頼んでいた。これまでいかにも高カロリーそうなタピオカには手を出してこなかったが、彼女の頼んだ物を一口飲んで価値観が変わった。すっかり虜になってしまった。もちろんタピオカを飲む日は昼ごはんを抜くというルールを課しながらも、僕のインスタアカウントはタピオカに侵食されていった。
ほぼ毎日昼ご飯をタピオカで済ませる日々。投稿欄に並ぶ流行りのタピオカの写真。いわゆるタピ活を始めてから、1万人だったフォロワーは5万人にまで急上昇した。そのフォロワーは圧倒的女子。みんな僕が今日はどこのタピオカを飲んでいるかに注目している。そして2時間待ちの有名店を投稿した日はDMが止まらない。男だから気にしなかったが、どうやら女子は一人で長時間並ぶのが恥ずかしいと感じるらしい。
「いっしょにタピ活しませんか?」嘘のようなDMが毎日沢山来る。確かに一人で並ぶのは暇なので、適当にスケジュールがあって、顔が良い女の子には返信をした。初デートでタピオカに並ぶと、いきなり2人きりで長時間話さなければならなくなる。これのおかげで僕のコミュ力もだいぶ身に付いた。おすすめグルメやダイエットの知識だって話すことが出来る。(5)
目当てのタピオカを手に入れた後、なんとなく、「このあとどうする?」と聞くと、女の子の方から「お腹もいっぱいだし、休憩しよっか」と言われることが多かった。
そもそも見ず知らずの男にDMで誘ってくる女の子だ。ああ、こういう場合は、ホテルに行っていいんだ。新しいパターンを僕は知ってしまった。それからというもの、僕の中でタピオカとSEXはセットのものとなった。セフレとSEX後にラブホで飲むのも、初対面の女の子との前戯として飲むのもタピオカ。
そこまではインスタに書けないが、その時に飲んだタピオカの写真でまた新しい女の子とSEX出来る、そんなループの中に僕はいる。タピ活ブームが終わらない限り、この生活はしばらく続きそうだ。
(1)卑屈になっていても、他責をしたり人を妬んだりせず、自分を向上させることで精神をコントロールしている実直さ。この手の性格は面倒な闇が無く、良い人オーラが自然と滲み出るもので女子も近づきやすい。
(2) 大きなダイエットに成功すると普通は調子に乗ってしまいがちだが、ここでもう一度自分を見つめ直すことができる平衡感覚は、空気が読めるタイプ。デートでも独りよがりにならず、女子への気遣いを徹底できる性格。
(3)「自分はどう見られているか」を常に考えられる自己プロデュース能力の高さ。この能力はSNSだけではなく、日常の服装や髪型にも汎用性があり、私服や髪型が身の丈にあったおしゃれであるパターンが多い。
(4)自分の意思を押し通さず、相手の意思を優先できる優しさ。随所に現れる受け身な姿勢と物腰の柔らかさは、女子からも声をかけやすい要素。
(5)努力家で、オシャレで、物腰優しくて、トーク上手。モテないわけがない。
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