木曜20時。新宿駅東南口駅前広場、かつて喫煙所があった場所に彼はいる。南口周辺の工事終了や喫煙所の移転により人の流れが変わったのか、数年前に比べこの場所で足を止める人は少なくなった。
現在ここの広場にはホスト風の男、半分浮浪者のような風体をした中年男、体のサイズに見合ってない露出の激しい服を着た女…少し様子がおかしいタイプの男女が数名、皆誰かと待ち合わせをしているのか、無言でぽつりぽつりと立っている。
そんな中、高身長で細身の彼はいわゆる今時の若者であり、唯一普通代表としてこの場に存在している。
この場の異様な雰囲気を中和させ、新宿駅東南口駅前広場の治安は彼の存在によって守られている。
彼は周囲の混沌には目もくれず、先ほどから少しうつむき加減でスマホをいじっている。(1)
彼がスマホで見ているのはマッチングアプリTinder。こうして少しでも時間が出来ると惰性でアプリを開くのが習慣化されている。
出てくる女の仕分けスピードも熟練され、職人の如く高速で親指を左右にフリックしている。
とその時、彼に女子大生風の女が声をかける。
「あのう…初めまして。拓人さんですよね…?」
そう、今日はTinderで数日前にマッチングしたこの女とのデートだ。
軽く挨拶を済ませた後、今日の天気や新宿の人混み具合といった場を繋ぐ会話を交わし、まずは目の前のサナギ新宿でまずは飲むことにした。
自己紹介から始まり、趣味や近況、初対面では話すことはたくさんある。多少言葉に詰まって沈黙が起きてしまっても、人々の喧噪が丁度よいBGMとなり気まずさは感じさせない。(2)
ほどよく酔っ払い、緊張もほぐれると店を変えるために歌舞伎町方面へ移動する。
2件目の個室居酒屋では、女の悩みを聞いたり、お互いの学校での出来事の話など、同世代ならではの会話で盛り上がり、あっという間に24時を過ぎる。
「もう終電ないよね…どうしよっか?」
彼の方から切り出す。
マッチングアプリで出会った当初からお互いソレ目当ての男女だ。
この後どうするかなんて本来愚問でしかないが、形式上の甘ったるい「どうしようか」の言い合いはいつだって胸が高まり疑似恋愛をしている気分になる。
彼女は微笑みながらもなかなか答えを出そうとしない。
「じゃあ、泊まろうか」
彼の一言に、彼女も恥ずかしい素振りを見せながらも否定することはない。(3)
カップルの様に自然と手を繋ぎ、少しまどろんだ足取りで、しかし確実に2人はラブホへ向かう。
ことを済ませラブホの広くて硬いベッドに寝転びながら彼はふと思う。
(いつまでこんな生活を続けるのだろうか…)
慣れた手つきで女を抱くが、実を言うと彼が童貞を喪失したのは大学に入ってから。つまりまだデビューして1年足らずだ。しかしこの短期間で何人と寝たのか、もはや彼は覚えていない。
高校時代は男子校の野球部に所属し、坊主であったこともあり、モテとは無縁の男だらけの人生を送ってきた。
地方から上京し、これまでと変わらないモテとは無縁な生活を送るのだろうと思っていたが、大学の友達に勧められたマッチングアプリTinderにより彼の生活は一変する。
勧められるがままに軽い気持ちで登録してみたところ、すぐさま25歳のOLとマッチングをした。
東京のことも、女のことも何も知らない彼に初めてを教えてくれたのはこのOLだ。彼の貞操観念は彼女の思考がベースにある。
このOLには当たり前のように彼氏がいて、当たり前の様に自分以外にも複数名セフレがいた。
何も知らなかった彼にとってはそれが当たり前の東京でのヤリ方として植えつけられている。
こうして毎日Tinderで女と出会う彼のライフスタイルが出来上がった。
これまでモテとは無縁の人生を歩んでいても、マッチングアプリという文明の利器を使用すれば一番難易度が高い「出会い」というハードルは簡単に超えられる。出会った後も話が早くて駆け引きや忖度といった余計な労力を費やさずに済む。
いつまで続けるのだろう…と少しカッコつけて自分を振り返ってみても、実際のところ真剣に考えることもなく、まあいいかと今日も気が付いたら寝落ちしていた。
翌朝、彼は1限の講義がある為、宿泊終了時間を待たずして早々にラブホを出る。(4)
道路には飲食店のゴミと酔いつぶれたホストが数名散らばり、朝帰りのキャバ嬢のヒール音が響く。
地面に広がる昨晩の名残の混沌と、それでもやってくる朝の青く澄んだ空が対照的だ。
ラブホで迎える朝は自分が空っぽになった気がして妙に清々しい。身体を目一杯伸ばし、朝の歌舞伎町の空気を吸い込む。二日酔いによる少しの頭の痛さと、初対面の女と一夜を過ごしたほんの少しの罪悪感が心地良い。
彼の1日はこの新宿歌舞伎町のラブホから始まる。
何食わぬ顔で電車に乗り込み、涼しい顔をして大学へ向かう。スマホには昨日のうちにマッチングしておいた他の女からのメッセージが溜まっている。
(1) あまり周囲を気にせず、自分のペースを保っている。本気のデートではないのにそわそわしすぎていたり、あまりに気合を入れていると、ダサいと思われてしまう。
(2) 初対面だからこそ個室を選びがちだが、無駄に緊張してしまったり、明らかにマッチングアプリで出会った事が会話のぎこちなさから垣間見え、店員の目が気になるもの。また大学生のうちは張り切りすぎている感すら出てしまう。
打ち解けるまではオシャレ且つカジュアルな、周囲の目が気にならない適度に混雑している店がベスト。
(3) いざという一言をきちんと男側から切り出すことは大切。いくらマッチングアプリで出会った女でも、そこは男から言ってほしいもの。適度な押し問答のあと、ビシッと決めよう。
(4) オンとオフの切り替えをしっかりしている出来る男。普通は延長してまでもラブホでダラダラしてしまいがちだが、きっちりしっかり自分の生活に戻る。1人の女に対しても粘着せず、さっぱりしている為、逆に女が追いたくなるタイプの男。
名前:拓人(たくと)
経歴:中学教諭の父と地方公務員の母の下に生まれる。東北出身で高校までは地元で過ごし、野球に打ち込んでいた。とはいえ体育会系のノリがあるわけではなく、いたって穏やかな性格。大学進学を機に上京するが、サークルには所属しておらず、普段はファミレスのバイトと大学の課題をして日々を過ごしている。これまで特定の彼女が出来たことはない。
趣味・特技:野球。マッチングアプリ。ソーシャルゲーム。PCブラインドタッチ。
特徴:物静かな性格で周囲とつるまない為、単独行動が多い。サークルに所属していない分自由な時間が有り余っている。大学でもとりわけ目立つ類ではないが、地味ながらも顔はイケメンとして実は女子の中では人気を博している。
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