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【引地 敬澄連載】第2回:ボクの誕生日が2つある理由!(前編)

【引地 敬澄連載】第2回:ボクの誕生日が2つある理由!(前編)

3,567Views 20 May 2016 (更新日:
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みなさん、、、

びょう!!!!!!
↑最近ハマっている僕の奇声兼挨拶です(笑)

そして……

第一回から時間が空いちゃってごめんなさい( ;∀;)

え!? お前が誰かワカラナイって!!

そんなキミは第一回をチェック(笑)

【引地敬澄 連載】第1回:『ひっちの夢追い物語! 春のファッションデビュー編

現在、独創的服飾空間『KinCrossWorld』をオープンさせて、昨年の12月21日には長年の夢であった自社発のオリジナルブランド『H∀PEAC∃』を創立しました。

第一回でもチラっと話しましたが、ボクには3つの夢があります。
1つは今話した「デザイナー」になりたい夢、そしてその先に出来た「KinCrossWorldのオープン(独立・起業)とH∀PEAC∃の立ち上げ」
そしてもう1つが、今の自分があるスベテといっても過言では無い…… 「men’s eggのモデル」という夢です。

今回はその「men’s eggのモデル」の夢についてお話ししようかと思います。

中学校の頃に見た「men’s egg」が全ての始まり

【引地 敬澄連載】第2回:ボクの誕生日が2つある理由!(前編)参照元:http://www.amazon.co.jp/ref=nav_logo

もともと千葉の田舎で育ったボクはこれと言ってオシャレでもなく、いわゆるどこにでもよくいる普通のヤツでした。楽しみといえば中学の親友のスナ(現:AKROSsmiloop美容師)たちと放課後に遊ぶくらい。
ある時、中学の親友なかじーの家に遊びに行ったとき、たまたま部屋に落ちていた「men’s egg」を読んだのがすべてのキッカケ。

今まで見たことのない服装とモデルさんが着こなしているカッコイイ姿に、全身カミナリに打たれたような衝撃が走りました!
当時、渋谷系ファッションはお兄系の全盛期の頃で、今でも憧れての伊利篤君がトップモデルを務めていました。

「ヤバイ! なにこれ!こんな服見た事ない! モデルさんカッケー! もう全てが超絶カッコイイ!!!」
(副音声※ってか、ちょっ、エロページが……ちょまっ、おいwww)

その一瞬からボクはmen’s eggの虜になったのです!!!
決してエロページ目的じゃないからね(笑)

それからというもの毎月14日(men’s eggの発売日)はコンビニで買ってスナたちと読むというのが僕たちの楽しみとなりました。
この頃がだいたい中学1~2年生のころのお話。

まだこの頃は「men’s eggのモデル」になりたいというのは夢のまた夢で、毎月発売される号を熟読して、渋谷系のファッションにハマっていくのでした!

引地、渋谷系ファッションに踏み出す!

【引地 敬澄連載】第2回:ボクの誕生日が2つある理由!(前編)

men’s eggに出会い、気づけば渋谷系ファッションにハマっていた引地敬澄15歳。
しかし現実はそう甘くなく、住んでいる場所から渋谷までは片道1000円以上と。中学の自分にとってはその金額はすごく高いものでした。
もっと言うとmen’s eggに載っていた服も10,000円を超えるものばかり……。
中学生の自分には手の届かないものでした((+_+))

ちなみにその当時にやっていたことといえば、その月の号に載っていた服でどれが一番カッコイイかを決めること。
確かその頃からスナは「この髪型がカッコイイ!」と話していて、自分は服、スナは髪型とそれぞれの見るページが決まっていましたね。

今でも覚えているのが、初めて「渋谷系」と言われる服を買ったときの事。
値段は15000円! もう、中学生にとっては超高額のお買い物!
とはいえ買い物した場所は「渋谷109」ではなく「千葉のPARCO」だったのだけど……www

初めて買ったのはROCKテイストのブラックデニム!
そう、今でこそアメカジ大好きの引地だけど、当時はバリバリの「お兄系」だったのです( *´艸`)

今もそのデニムは大切に保管してあるし、なんていったって初めての「渋谷系」の服で当時のボクの一兆裏!
履くたびにOP袋(※買ったときに入れてくれる透明な袋)にしまっていたほど、大切にしていました(笑)。

そして中学を卒業し、僕は通信の高校へ、スナは美容師の学校へ進みます!
(※引地は朝起きるのが嫌で、早々に中退)

早々に引地はフリーターとなり、渋谷に行く収入を得たのです*\(^o^)/*
↑良く言ってるけど、ただ厨二病からドロップアウト野郎に進化しただけ(笑)

初めての109は衝撃の連続!

men’s eggに載っていたカリスマ店員さんたちがずらりとお店にいるのです!(当たり前)
その時、ボクは感じたのです……。

【”アパレル店員”になりたい!!!】と。

そうと決まれば即行動!
その後8年ほどお世話になる運命の会社に働きたいという意志を伝えるべく直接店舗に行きました!

※ココもドラマがあるのですが長くなるので省略します(笑)

そうしてなんとか無事採用が決まり、柏のマルイVAT館がOPENするときの「MAYHEM」のオープニングスタッフとして働くことができたのです!

そして、そこから間もなく運命の出会いが待っていたのです!!

渋谷でお買い物をしていたある日のこと、センター街でいきなり声をかけられます。

そう! 憧れのmen’s eggに!

声をかけてくれたのは編集部の人。
ヘビー読者のボクは誌面にも登場していた編集部の方の顔も名前もばっちり覚えていました(笑)。

SNAPヘアカタの企画でガチガチに緊張した表情で撮影され、奇跡的に次の号で掲載されることに!!
本屋さんで感極まった事を今でも良く覚えてます( ˃̣̣̥ω˂̣̣̥ )w

そしてその後、まさかのmen’s egg編集部からまたSNAP撮影のお誘いを頂けるように!
もう本当にトントン拍子で事が進み、自分でも信じられなくて夢を見ているようでした。。

…ですが、ここで思わぬ落とし穴が待ち受けていたのです……

編集部に呼ばれていたSNAPの当日、あろうことか大寝坊をしてしまい、撮影をすっぽぬかしてしまったのです!!!

一度外されたらなかなか読んでもらえないことでも知られるmen’s egg。
せっかくの載れる一世一代のチャンス、僕は自ら棒に振ってしまうのでした……。

果たして引地敬澄はどのようにしてmen’s eggに載るのでしょうか……?

後編に続く!

◆プロフィール
【引地 敬澄連載】第2回:ボクの誕生日が2つある理由!(前編)

引地敬澄
18歳の頃からアパレル会社で約8年間働き、ブランドのデザイン&ディレクションを約6年間務める。
渋谷系雑誌『mens’ egg』で約6年、トップモデルとして活躍。
その後、2015年6月14日に独立・起業し、独創的服飾空間『KinCrossWorld』をオープン。
12月21日には長年の夢であった完全オリジナルブランド『H∀PEAC∃』を創立!

◼︎Twitter
引地 敬澄

引地敬澄が代表を務めるリメイク•ハンドメイドアクセSHOP
KinCrossWorld卍〜独創的服飾空間〜

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